氷河の脇を歩くトレッキングを終えて、バスに乗ったら亜熱帯の町に着いた

昨晩、雪が降ったようだ。起きたら窓の外がずいぶん白くなっていた。

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Day9. 氷河のほとりの集落に別れを告げる朝
キャンジンゴンパ〜リムチェ

今日はキャンジンゴンパから下山を開始する日。いつものようにシェルパニが朝食を作ってくれるのを待っている。

キャンジンゴンパ朝7時の気温3.1度、標高3870m、NTCデータ通信圏外

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8:32 キャンジンゴンパを後にする

キムシュン氷河を横目にしながら、ランタン渓谷をシャブルベシに向かって下り始めた。キャンジンゴンパの宿を出たのはもう少し早い時刻だったんだけど、雪が珍しいネパール人トレッカーに頼まれて記念写真を撮ってたら出発が遅くなってしまった。彼らはあっちこっちを背景にしていろんなポーズをとるしね。

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ヤクとかゾッキョとかの高地の生き物ともお別れだ。

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ランタン渓谷の名前の由来

その昔、チベットで大きな祭りがあった時、ごちそうとなる牛が2頭、自分の運命を知って逃げ出した。追っ手を振り切った牛たちは、ヒマラヤを南に越えて渓谷を走り抜け、はるばるブリディン村まで逃げたという。
追っ手もまたヒマラヤを越えてこの谷に来て、この土地をランタン(ラン=牛、タン=平らな土地)とチベット語で呼んだという。
ランタン渓谷中を逃げ回った2頭の牛は、ついに追っ手に捕まって殺された。その場所がランシサ(ラン=牛、シサ=殺す)と呼ばれるようになった。殺された牛は、追っ手が解体して肉にしてチベットに持っていったそうだ。
現地でぼくが村人から聞いた、地域に伝わる歴史の話。ネット初公開。たぶん日本語で初公開

振り返ると、昨日登ったツェルゴリ(左:4984m)と、まだ登っていないガンチェンポ(右:6387m)が見える。6000mを超えるピークに登るには別途登山許可証が必要なので、ぼくがガンチェンポに登ることはないだろうな。ぼくは登山家ではなくトラベラーだから。

ランタン渓谷とももうすぐお別れだ。

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ツェルゴリにも雪が一層つもっている。今日が登頂日だったら、歩くコースや時間は昨日とは違っていたことだろう。

13:14 ランチの時間

ランチはいつものように、ガイドのミンマくんが先に行ってダルバートを注文しておいてくれた。普通ならご飯を炊きあがるのを1時間待つところだが、おかげでぼくが到着してから20分ほどでお婆さんがダルバートを持ってきてくれた。

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ネパール人には食後にゆっくりする習慣がない。食べ終わったらお茶も飲まずにすぐに出発する。

標高3000mを下回って森の中を歩くようになった。

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15:10 今日の宿泊地、リムチェに到着

標高2440mのリムチェは、シェルパガオンからの道と、シャブルベシからの道が合流する地点。ここには小さなロッジがあるだけなのだが、合流点という地の利によるのか意外に宿には客が多く、ぼくらが入ったところで満室になった。

そろそろ日が沈もうとしている。今日もよく歩きました。

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Day10. ランタン トレッキング最終日
リムチェ〜シャブルベシ

リムチェ朝7時の気温4.2度、標高2440m、NTCデータ通信圏外

小さな宿の小さなラウンジは、トレッカーが三々五々に朝食をとっていた。20年前ならこういう場では各国のトレッカーのおしゃべりが弾んでいたものだが、近年はそれぞれグループごとにまとまって他のトレッカーとあまり話をしなくなった。

旅行界では、トラベラーが少なくなって、ツーリストが多くなったのかな。そのかわりスマホを見ている人がいる。

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リムチェでは、一週間前にヒマラヤの展望台ナクタリで会ったスウェーデン人とデンマーク人のカップルと再会した。1日の歩行距離が他のツーリストの1/3程度というマイペースで進む彼らは、これからキャンジンゴンパを目指すのだった。

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カトマンドゥで揃えたような服装とゆったりとした暖かい雰囲気から、てっきり長期旅行の途中でネパールに移動してきた旅好きカップルかと思ったら、そうではなかった。デンマークから直接飛行機で飛んできて、カトマンドゥに到着後すぐにラスワ地方(この辺りのこと)に来たのだそうだ。

牧畜と農業を仕事にしているから、そんなに長期の休暇は取れないとのこと。

充分長期休暇な気がするけれど、それでも短い休暇なのだろうね。デンマークで福岡式自然農法に取り組んでいらっしゃるそうです。とっても素敵なカップルでした。

8:37 リムチェを出発する

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リムチェのロッジ前の階段を降りたら、あとは急坂を下るようにどんどん下がっていく。

12:54 自動車道路に出る

昼食をとって10分も歩いたら、とつぜん自動車道路にでた。機械文明はもうここまでやって来たか…。

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しかし、この道はまだ、ところどころしか作られておらず、車はまだ走れない。こんな風に大岩のところで道が止まっている。

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とはいえ、数年後にはシャブルベシからの自動車道路がランタン渓谷の相当奥まで開通していることだろう。歩くのが好きなトレッカーとしては複雑な気持ちである。

13:31 シャブルベシが見えてきた

タマンヘリテイジやランタン トレッキングの基地となるバザールの町シャブルベシが見えきた。

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標高1400mしかないから、日中は暖かくていいな。

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さっそく、翌日のバスの切符を買った。これがバスの切符売場。

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ポーターのパサンは、家がそう遠くない(車で2時間、下車後に徒歩2時間)から、明日とは言わず今日のうちにトラックに乗せてもらってシャブルベシを後にすることになっていた。

ぼくももし急いでいるなら、シャブルベシ発トリシュリ行き13時発のバスに乗って、トリシュリでカトマンドゥ行きバスに乗りかえれば、今日中にカトマンドゥに帰れる。が、しかしそんなことをしたら大変疲れるから、そんなに急いで帰らない。今日はシャブルベシでゆっくり休むのだ。

バザールの端で機織りをしている女がいた。

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女性がお腹に捲く、飾り布を織っている。機織りの仕事がどれくらいの利益になるのかを聞いたら、布は1枚Rs1000で売れるそうだ。

材料の糸が1枚あたりだいたいRs350だから、 粗利はRs750ほど。1枚作るのにまる2日かかるから、1日の稼ぎはRs375(約375円)くらい。少ないなー。

Day11.
カトマンドゥ行きバスに乗る

シャブルベシ朝7時の気温12.8度、標高1440m、NTCデータ通信圏内

シャブルベシ始発カトマンドゥ行きのバスは朝7時すぎに2便ある。そのほかにチムレ始発など2〜3便ある。

7:00 カトマンドゥ行きバスが出発

ぼくとミンマくんは朝7時発のバスに乗った。

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途中のチェックポストから、ネパール軍兵士が1人、青いジャンパーの私服姿で乗ってきた。

私服だから普通の若者にしか見えない。

この自動車道路は、北は中国国境に始まるから中国人がよく通るのだが、密輸業者が少なくない。その取り締まりのために私服姿の兵士は乗っているのだそうだ。兵士はアーミーのチェックポストから乗車するから、始発からの乗客にだけはそれと分かるのだ。やはり国境地帯というのはそれなりに緊張感のある場所なのだなあ。

天気は下り坂に向かっていた

昨日からヘジーな天気で、バスがドゥンチェあたりを走るときによく見える筈のガネーシュヒマールは残念なことに全然見えなかった。バスの中から窓越しにスマホでパチリ。
窓がすごく汚れていてネパールらしさが感じられる写真になった。

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晴れていれば下の写真のように見える筈だが。

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この写真は10日前、ここに来るときに撮った写真。なお、本日【 Day11】の写真はすべてスマホで撮影した。

11:04 ドゥンゲ バザールでランチタイム

カトマンドゥ、トリシュリ、シャブルベシ。3方の町への道が合流するこの場所をドゥンゲバザールというそうだ。標高500m。ずいぶん下まで降りてきたものだ。道端にパパイヤがなっていて、亜熱帯の気候に入りつつある。

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ドゥンゲバザールのある町はビドゥルといって、それなりに大きい町だった。ここで昼食なのだが、ぼくは食事を終えたらそのままバスを降りることにしていた。

シェルパのミンマくんはこのままバスに乗り続けてカトマンドゥへ帰ることになっている。ぼくのトレッキングの荷物も全部彼にカトマンドゥに持っていってもらう。一方、ぼくはカメラと着替えだけを持った軽装で、ここからバスを乗りかえて1人でヌワコットへ行く予定だった。

この未舗装道路の先10kmのところに次の目的地ヌワコット バザールがある。

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交差点で待っていたら、じきにカトマンドゥから来たバスが到着した。すでに満員で、通路までぎっしり詰まっている。これ以上の客は乗せられないほど混んでいるが、待っていた客はみんな乗り込もうとしていた。

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なんとか乗ったけれど、凄い込み具合だ。立っているのがやっと。

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ぼくは東京に住んでいるのだが、朝の通勤時間帯の満員電車に乗るのは10年に1回ぐらいのことなんで、これほどの混雑に合うのは久しぶり。東京の駅では、どうやっても乗り切れない場合は駅員が乗客を車内に押し込むという習慣があるそうだが、ネパールでは乗客が屋根の上に乗ってしまう。

屋根に乗るのは違法なのだが、混雑するときにわりと見かける光景ではある。

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しかし残念なことにヌワコットへの道には警察官が立っていた。

警察官は、屋根まで乗客を乗せたバスを止めて運転手に客を降ろせと命令していた。乗客を降ろすと売上が減るから運転者はなかなか従おうとしない。その問答で15分ぐらい止まっているうちに、満員のバスのなかにいたぼくは暑くて汗びっしょりになっていた。

そのうち、問答をみていた20人くらいの乗客が自主的に降りていき、軽くなったバスはようやく運転を再開した。

数百m走って警官の姿が見えなくなると、先ほどの客たちが再びバスに乗ってきた。積載オーバーのバスはそれから20分ほど超のろのろ運転で走って、ようやくヌワコット バザールに到着した。

13:24 ヌワコット着

ようやくヌワコットに到着した。

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後から聞いたら、シェルパのミンマくんがカトマンドゥのナヤパスパルク(新バスパーク)に着いたのは午後3時半だったとのこと。シャブルベシからカトマンドゥまで、ランチやチェックポストの時間を含めて所要8時間30分ということになる。ま、そんなものか。

かくしてランタン トレッキングの話はこれでおしまい。

しかし、話はヌワコット滞在記に続く。

ランタントレッキングを終えてカトマンドゥに戻る途中にヌワコットに立ち寄ることにしたのは、この町の名がネパールの歴史を語るときによく聞く場所で、かねてから興味があったからだ。 ...