土砂降りの、真っ暗な夜の森を、宿を探してさまよった話

ネパール

東ネパールのイラムにやってきました。

イラムという地名を聞いたことがなくても「ダージリン」なら聞いたことがあると思います。そう、あの紅茶で有名なダージリンです。

イラムとダージリンは同じ山域にあるので、景色も住民もほとんど同じ、主な産業はどちらも茶園です。そしてお茶の味も同じです。しかし両者には大きな違いがひとつあります。イラムとダージリンの間には国境が引かれていて、西がネパール、東がインドなのです。道路は続いていますが外国人は往来できません。国境線の理不尽さを感じます。

平野から高原へのバスの旅

この日、泊まっていた平野部のダマクという小さな町から、バスと乗り合いジープに乗ってイラムへ向かいました。本当は車をチャーターしてさっさと行きたかったのですが、ダマクでお世話になったネパール人の友人サントスくんが「一緒にイラムへバスで行きましょう」と言うので、公共交通機関を乗り継いで行くことになったのです。

まずはダマクからバスで1時間、ビルタモドBirtamodという街へ。こういう旅もそれなりに楽しいものです。

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バスの窓からみる景色は、平野部らしいジャングルが続きます。

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大河と呼べる川をいくつも越えていきます。

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ビルタモドは、ネパールの平野部を東西に横断するイーストウエストハイウエイの東端にある街。ここまで来たら、インドとの国境カーカルビッタまですぐ近くなので、ずいぶん遠くへ来た感じがしますね。

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午後3時の遅い出発

ビルタモドのバスパークで、イラム行きの乗り合いジープに乗りかえました。

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ビルタモドからイラムバザールまでは乗合ジープで3時間ぐらいです。しかし、今日の目的地はイラムバザールの手前にあるフィッカルFikkalというところ。

なんで、これまでに聞いたことがなかったフィッカルが目的地かというと、サントスくんが「イラムバザールよりもフィッカルのほうが景色がずっといいです」「一緒にフィッカルに泊まって、素晴らしい朝日を見ましょう」と勧めてくれたからです。

一緒に行くというので、彼の仕事が終わる時刻に合わせてダマクからの出発時刻はかなり遅く午後3時頃になったのですが、出発する段になって「有賀さん、ぼくは明日の朝までに仕上げなければならない急な仕事が入ってしまい、一緒に行くことができなくなりました」「イラムへは一人で行ってください」とのたまうではありませんか。

「いままで待ってたのに〜」という気持ちが一瞬湧きましたが、社会人なら誰にでもあることなので仕方がないです。しかし、日本ならよくあることだけれど、ネパールでもあるのですなあ。少し意外でした。

しかしダマクを午後3時に出発すると、フィッカルに到着するのは午後6時頃か。ちょっと遅くないかなあ。

乗合ジープは霧の丘陵を走り抜ける

乗合ジープに乗るまではよく晴れていたのに、ジープが丘陵を登るに連れて霧がでてきて、やがて雨が降り始めました。結構な豪雨です。途中は茶園が続くきれいな丘陵が広がっているはずですが、何も見えません。残念なことです。

フィッカルに到着したのはちょうど午後6時。この辺りは雨は降っていませんでしたが、霧に包まれていました。

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快適な宿を探してさまよい歩く

バザールの端に、外観が感じのいいホテルがあったので、部屋を見せてもらいました。青い屋根の建物がそれです。

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しかし、案内されたのは、空気が澱んで清潔感がない陰気な部屋でした。料金はRs1500だから大した額ではありませんが、宿の人もいけすかないし、気が滅入りそうでぜーんぜん泊まりたくなかったので別の宿を探すことにしました。

ところが、バザールを探しても他に宿は見あたりません。暗くなる前に宿を見つけないと困ったことになります!しかし夜はすぐそこに迫っています。

で、スマホを取りだしてブッキングドットコムで探したら、フィッカルに1件だけ宿が登録されているではありませんか。クルン ファミリー ティーファーム Kulung Family Tea Farmという名の、土地の人が営むゲストハウスでした。ロケーションはバザールから400mと書いてあるので、これなら数分後にはチェックインできると判断して即予約。料金はRs1000程。そのまま電話で宿に連絡をとりました。

しかし「いまバザールにいます。おたくの場所はどこですか?」と聞いたのですが、要領を得ない答えしか返ってきません。はぐらかしているわけではなくて、ネパールではよくあることですが、彼らは分かりやすく的確な道案内があまり得意ではありません。地図の読めない人たちですからね。英語で会話していてもよく分からないので、近くの八百屋さんに電話を替わってもらってネパール語で聞き取ってもらうことにしました。

衝撃の事実が発覚

八百屋さんが聞き取ってくれたところによると「この道を5分進んだら、右へ下るガタガタ道があるからそちらへ行く。その次の分かれ道も右へ進む」ということが分かりました。

印象としては、合計8分もあれば宿に着けそうです。なにしろバザールから400mの距離ですからね。

歩き始めたら雨が降ってきました。先ほどの豪雨が追いついてきたようです。大粒の雨がバラバラと傘に当たりますが、すぐに到着するだろうと心配はしませんでした。まもなく、右に下るガタガタ道がありました。

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ちょっと困ったなと思ったのは、今回は、40Lの機内持ちこみサイズの4輪スーツケースで旅をしているのです。ここから何メートル歩けば宿に到着するかを考えながら、雨でぬかるみ始めた道を歩きました。しかしそれらしい建物は見えてきません。

すでに豪雨となり、日は完全に落ちて真っ暗になりました。小さな折りたたみ傘を差しながら、川になりつつある泥道を歩くのはいかに楽観的なぼくでも少々心細かったです。スーツケースを引っ張ることができないので、南方の人がやるように頭に乗せて両手で支え、ついでに傘を指しながら歩きました。トホホですな。人生とは時に苦しい歩みがあるものです。

履いているのは水に強いTEVAのサンダルとはいえ、泥水に浸かりながら歩くのは心地よくないです。ドロドロの道を数百メートル進んだら、明かりのついた3階建ての建物がありました。覗くと、なんと20歳前後の女性たちが机に並んで勉強しています。先生らしい人に聞いたらここは学校で、夜間高校クラスなんだそうです。ネパール人も教育に熱心なのだなあと感心している場合ではなく、先生に頼んで、あらためて宿に電話をして、場所を確認してもらいました。

そして判明したことは、宿はここから更に25分先にあること、そして迎えに来る人的余裕はないとのことでした。それを聞いて、ぼくは軽くショックを受けましたよ。

心の声は「先に進め」

ここで、きびすを返してバザールの汚い宿に戻るか、それとも闇夜の泥道を進むかを決めなければなりません。いずれにせよ豪雨の中です。

判断に迷うところですが、心の声は「このまま先に進め」だったので、先生にお礼を言ってから、雨のなかを歩き始めました。

しかし、さらに数分歩いたら完全に真っ暗になってしまい、もはやこの先へ歩くのは無理かと思い始めた頃、疲れてきたこともあって掘っ建て小屋の軒先で休むことにしました。下の写真は、翌日に撮影したその掘っ建て小屋です。よくあるお菓子屋さんですね。この屋根の下で雨を凌いでいました。泥川の道よりすこし高いところにあるので、スーツケースを置いて休めました。このあとに載せている写真は、すべて翌日に撮影したものです。

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宿から迎えが来てくれた

軒先で、闇夜に降る雨を見つめながら休んでいたら、スマホの呼び出し音が鳴りました。宿の人が心配して電話をかけてくれたのです。「今、どこにいますか?」と聞かれても「掘っ立て小屋の軒先で雨宿りしています。場所はさっぱり分かりません」としか答えられません。何しろ真っ暗で周囲には誰もいないのです。

宿の人は続けて「では迎えに行くから、そこで待っていて下さい」とおっしゃるではありませんか。すごい!ありがとう!それからの時間はずいぶん長く感じましたが、時計をみていたら20分ほど後に、闇の中で動く陰が2つ近づいてくるのが見えました。宿の親子が来てくれたのです。

宿の主人のディパックさんがポンチョを渡してくれて、それを着たらすぐに3人で歩き始めました。スーツケースは息子が持ってくれます。豪雨にさらされているのでジッパーから浸水しないか気をもみましたが、衣類は乾かせばいいし、電子機器類は入れてないから心配しないことにして、雨水が流れる泥道を下っていきました。

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途中の景色は暗くてぜんぜん見えませんでしたが、あちこちで道路が崩れたりして、雨の降り方もそうとうなものです。

まだ着かないな−、と何回も思ってから、ようやく到着しました。25分はとても無理です。慣れた土地の人ならそうかもしれませんが、後からグーグルマップで徒歩の距離を見たらバザールから3.4km、54分と表示されました。

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この距離では宿の人が的確に説明できないのも無理もないです。迎えに来てくれたお陰でたどり着けましたが、一人では無理でしたね。不可能を可能にしたのは宿の人の救けがあってこそです。宿に着いたら、転がり込むようにして軒先に入りました。この写真も翌日撮影です。

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宿を正面から見たところ。

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2階建ての母屋に泊まることになりました。左手の小屋が食堂というか炊事小屋で、なかに入ったらなんとフランス人の男の子が食事をしていました。実は、ここはクルンファミリー ティー ファームという名が示すとおり茶園を営む農家なのですが、ヨーロッパからはるばる茶摘み体験に来ているんだそうです。

どうやらここはわりと人気の宿らしい。ただしブッキングドットコムから来た客はぼくが初めてで、登録したことも忘れていたとのこと。

食堂のかまどの火が暖かく感じられましたが、それはホストファミリーの人柄が暖かいからでもあると思います。困難を克服した後に気持ちがハイになる現象がおきたため、フランス人の彼や宿の人たちとおしゃべりを弾ませながら、夕飯をいただきました。

案内の位置情報が間違っていたお陰でここまで来てしまったのですが、最終的にはいい環境にたどり着きました。ああここまで来てよかった。これも心の声をきちんと聞いたお陰との思いをかみしめつつ1日を終えて、ベッドに入りました。

深夜のベッドでなにかが蠢く

深夜、太もものあたりで何かが動く気配がして、目が覚めました。

ネコでした。

戸締まりはきちんとした筈なのに、どこから入ったのだろう? もぞもぞと動くそれを見て一瞬、魔法で現われたネコかと思いましたが、夕飯の時にキッチンでその姿を見ていたので、魔界のネコではなく、この家のネコでしょう。とにかく眠かったので、きっとどこからか入ったのだろうとその場は納得することにして、そのまま寝続けました。

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夜中になんどもネコが動くので、その度にぼくも起こされて、熟睡ができませんでしたな。でも、ネコの体温が暖かく感じられて、幸せにも感じられました。