日本で最高の異次元空間は高野山。そこでもっとも不思議な奥の院へ行ってきたよ

高野山へ行ってきた。
カメラはNikon D7100 + AF-S 16-80mm F2.8-4Eの便利ズーム1本勝負。

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高野山は紀伊の山中に、弘法大師が開いた日本有数の仏教聖地だ。

まずは奥の院に参拝に行く。

一の橋から参道に入るとすぐ左手に仙台伊達家の墓があった。

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その隣は加賀前田家の墓。

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この墓は五輪塔といって、宇宙を構成する『地・水・火・風・空』を形にした日本独特なスタイル。つまり墓がすなわち宇宙というわけだ。日本人の死生観はすごすぎるね。

参道には、樹齢300年以上の杉の大木が圧倒的な存在感をもって立ち並んでいる。その下に島津さんや毛利さんはじめ大名の墓がずらりと並んでいて壮観だ。写真を貼っていくとキリがない。豊臣や徳川もあり、大名や皇族の墓だけでも数百を数え、そのほか一般の人までおよそ20万基以上の墓がここにあるという。

また、前田家の墓の近くには「高野山は日本国のさまざま都鄙のなかで、唯一ともいえる異域ではないか」と記された司馬遼太郎の文学碑が置かれている。

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なんと不思議な空間だろう。
これほどのスピリチュアルな場所は世界でもなかなかないよ。

一の橋から先、この参道は「人の世界」ではないという。「人の世界」は一の橋までで終わり、ここは「死者の世界」なのだ。

参道の途中におかれた化粧地蔵。

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このお地蔵さまに化粧をするときれいになれるといわれている。
ずっと昔から化粧を重ね塗りされてきたのか…なんかスゴイな。
赤く目立つから通る人みんなが写真に撮っていく。

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浅野内匠頭の墓もあった。ここは静かで誰もいない。
東京高輪の泉岳寺にある浅野内匠頭の墓は、連日多くの参拝者が手を合わせている。昨今は参拝者の5人に1人は外国人なのだそうで、赤穂四十七士の人気は世界的に高くなってきているのだなあ。まさか外国人が忠臣蔵に熱中する時代が来るとは思わなかった。
でもここには外国語の案内もないし、外国人は気がつかずに通り過ぎていく。

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そうして2kmの参道を歩くと弘法大師御廟に到着する。

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弘法大師 空海に会いに行く

空海は774年に讃岐で生まれ、835年にここ高野山で入定した。

20代の若さで唐の青龍寺で真言密教の全てを修め、帰国してから東寺や高野山を開き、日本仏教を確立した。弘法大師は諡(おくりな)。数百年に一人あらわれるか否かの天才で、日本史において弘法大師に匹敵する偉大な存在はそう多くはいない。もし空海がいなかったら日本の歴史は大きく変わっていたことだろう。

空海が高野山を開いたころ、南洋のジャワでは巨大な密教寺院ボロブドゥールの建設が進められていた。この時代は世界的に密教が発展した時期だった。ここ高野山では、今も密教の伝統が受け継がれている。

あれに見えるが御供所(ごくしょ)。

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空海はここで入定したが、それは死ではなく禅定に入ったのだとされている。

お釈迦さまの入滅も、死ではなく般涅槃(はつねはん=肉体から離れて智慧だけの最高の存在になった)とされるがそれと同じなのだろう。

空海は、禅定に入ったまま今も生き続けているとされているため、御供所では毎日のお食事がつくられている。

親鸞聖人の墓も

浄土真宗の宗祖、親鸞聖人の墓もあった。場所柄(?)浄土真宗から放っておかれているらしく建物が壊れかけていた。浄土真宗の方々、こんなことでよいのでしょうか。奥の院 058

そのほかいろんな墓がある。

企業の墓もある。UCCの墓石は五輪塔とデザインがマッチしているというかなんというか、不思議な感じがしますな。

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ニコンの墓がないか探したけれど見つからなかった。そのかわりといっては何だがパナソニックの墓があったので載せておく。松下幸之助が建てたのだそうだ。会社に関係した人の霊を供養している。

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ちょっと変わったところではシロアリの墓。

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みんな、安らかに眠れ。