高僧が誕生する深夜の儀式を、コンパクトカメラを1台だけで撮影してきた

バリ島

今日は、一年でいちばん昼の時間が長い日。ぼくは南半球にいるからね。こっちは夏至なのだ。ここバリ島では午後7時頃まで外が明るくて、1日が有効に使えて得した感じ。

暦を重視するバリ島において、太陽の動きと関係があるのかどうか分からないが、高僧の灌頂が行われたので行ってきた。

場所は、ギヤニヤールの町の郊外の、さる高僧のご自宅。今夜行われる儀式は修行僧が高僧になるステップだが、それを「灌頂」と言っていいのかよく分からない。伝法灌頂は日本の密教では正式な僧になることだが、そもそも僧の位階などの仕組みが日本とバリ島とでは違う。

とはいえ密教的な要素が強いこと、金剛杵などのパワーのある法具を使うこと、など日本とバリ島では共通する部分も多いから、見た目の派手さとは裏腹に案外身近な感覚で見ていられる。

暗くなる頃に始まるというので、車に乗ってギヤニヤール郊外の高僧の家にやってきた。正門から中を見るとすっかり準備が整っている。

ここには、今夜の儀式のために各地からプンデタ(高僧)が集まって、その数ざっと100人以上にもなっていた。

しまった。今日はオフだし混雑が予想されるからカメラはシンプルにソニーRX100M3だけを持ってきたのだが、一か所にこんなにプンデタが集まる儀式は滅多に無いというか滅多にぼくは参加する機会がないから、コンパクトカメラでなくてPanasonic G9と単焦点レンズを持ってくればよかったなあ。

庭の各地で式典の進行を待つ人々。

すでに儀式は始まっていた。プンデタ(高僧)が、マントラを唱えながら所作をしているところをパチリ。

ソニーRX100M3は広角24mm(換算)でF1.4の明るいレンズを搭載しているから夜でも撮影がやりやすい。今日の写真はぜんぶRX100M3で撮影したJPEGを、Macに移してLightroom classic CCで微調整してからブログ用にサイズを縮小した。

ソニーRX100M3は結構きれいに写りますな。Web用ならこれで充分かもね。

プンデタが法具の金剛鈴を手にしたところ。

上の写真を撮っていたら、ぼくの横にいたプンデタが金剛鈴を指さして「この法具は日本にもありますか」と聞いてきた。「同じものがありますよ。仏教のお寺で使われています」「そうですか。何という名前ですか」「こんごうりん と言います」「そうですか。バリではバジェロといいます。日本ではバジェロに花をつけますか」などと話しが弾んでいたら、「こんど私の家にも来てください。場所はメングイです」と誘ってもらったので、機会をみつけて遊びに行ってみることにしよう。

日本では、金剛鈴に花をつけないと思うけれど、なかなかイケているからランの花とかつけてもいいかもね。それとも日本らしくサクラの花がいいかな。

プンデタの方々は威厳があるね。

お供えも立派。

プンデタの関係者が聖水を撒いたりして、さらに儀式は進んでいく。夜10時近くになってぼくはそろそろ眠くなってきたが、バリ島の儀式は深夜0時をまたぐことが多いし(宵っ張りなのではなく、宗教的な理由がある)これからが本番だ。

マントラを唱えるプンデタを後からパチリ。

裸の上半身につけている宝飾品が派手で凄い気もするけれど、金剛界曼荼羅に描かれる大日如来の姿を見たことがある人なら、どこか似ていると思うことだろう。日本の大日如来の姿はこちら(中央)。

バリ島のお坊さんがマントラを唱えて鈴を振る姿に、日本の仏教のお坊さんと違う風情を感じている人がいるけど、実は似ているところが結構多い。

雨が降ってきたこともあって気もそぞろでよそ見をしていたら、傍らにいたプンデタが「写真を撮るなら今!」といってくれたのであわててソニーRX100M3のスイッチを入れ直してパチパチ。

白布につつまれているのは、プンデタ(高僧)候補者。

ここで人間としての人生を終えて、死体となったことを表している。死体は深夜0時を過ぎるまでとなりの部屋に安置され、時計の針がまわったら次の儀式を経て高僧に生まれ変わる。

以前は朝が来るまで安置されていたそうだが、昨今のバリ人は忙しいので日付が変わったら次の儀式が始まる。生まれ変わったらもう別の人なので、これまでの名前を捨て、高僧にふさわしい新しい名前を得る。名前と尊称の呼ばれ方が変わるだけでなく、戸籍(に相当する書類)の名前も変わり、運転免許証もパスポートも新しくなるのだそうだ。

ここは今夜の儀式の最も重要なポイントのひとつ。よそ見をしていたので見逃すところだった。おばさん(高僧)、どうもありがとう。

一連の儀式を経て、今夜は5人のプンデタ(高僧)が誕生した。なかなか見応えのある儀式であった。参列できて良かった。

最後に、参座者の人たちと一緒にムルカット(聖水によるお清め)をして、式場を後にした。宿に戻ったのは深夜3時近くになってしまった。

スポンサーリンク