4年に一度しか見ることができない、ポルトガルでもっとも美しい祭り タブレイロス

ポルトガル

去る7月6日、ポルトガルのトマールという町で、4年に一度催される美しい祭りがあった。700人以上の女性が色とりどりの聖霊のお供えを頭に乗せて歩く“タブレイロスの祭り“だ。

トマールのタブレイロスの祭りでお供えを頭に乗せて歩く女性たち

ぼくは、その日の朝はリスボンにいた。タブレイロスの祭りは午後4時と遅いスタートだから、前日からトマールに入る必要はない。ゆっくりと撮影場所探しをすればいいからと、昼食前に現地入りする余裕のあるスケジュールを組んだ。

リスボンのオリエント駅のプラットフォーム俯瞰写真

ここは朝のリスボンのオリエント駅。ローカル鉄道でトマールへは約1時間半の旅。そんなに遠くない。けれどもオリエント駅の切符の自動販売機がなぜかすべて撤去されていて、有人窓口の長蛇の列に並んで切符を買うだけで30分近くかかった。その上電車は遅れてくる。遠くはなくても時間がかかる旅だった。

世界遺産の町トマール

トマールはポルトガルで最初に産業革命がおきた町で、ナバオン川に面して古い工場が並んでいる。川沿いに歩けば絵画のような18世紀の町並みが、青い空と、それを受けてさざめく水面に映えて印象的。

トマールの町の風景

丘の上に建つキリスト修道院がユネスコの世界遺産に指定されている。この修道院はテンプル騎士団の本部が置かれていて、12世紀にはイスラム教徒の軍隊に包囲されたが騎士団はこれを辛くも退けた。いまでは考えられないがここも激戦の地でもある。

トマールのキリスト教修道院

余談だが、18世紀にはナポレオン軍がトマールを占領した。騎士団はフランス軍相手にはふるわず、英国軍が参戦してトマールを解放している。ポルトガルと英国は1373年に軍事同盟を結んでいるのだが、それがなんと現在まで続く世界最長の軍事同盟となっていて、ポルトガルは歴史上何度も英国に救けられている。

騎士団の本部でもあったこの修道院は、なぜか「キリスト修道院」というシンプルな名前。たとえば日本で「仏寺」という仏教の名前の寺があったらミニマルすぎて微妙な感じがすると思のだけど、どうだろう? 

それはともかく、タブレイロスの祭りのために町はカラフルに飾り付けられていて、趣向を楽しみながら町中を散歩して歩くのが今日の作法。

タブレイロスの祭りで飾り付けされた町の様子
紙で出来た花が敷き詰められた通り
花で飾られた門が設置された通り

祭りは一週間続くのだが、タブレイロスのパレードCortejo dos Tabuleirosがあるのは日曜日。今年は7月6日だった。

食堂が激混みで昼食難民となる

トマールに着いてホテルに荷物を預け、さっそくランチを食べにいったら、食堂は何重にも人に囲まれていた。いったいこの人たちは食堂のまわりで何をしているのだろう? と思うくらい意外な光景だった。まるで銀行の取り付け騒ぎみたい(実際に取り付け騒ぎを見たことはないのだが)。

長い行列が出来たレストラン

どうやら食堂は満席で、この人たちは席が空くのを待っているらしい。ごく普通の食堂だが、こんなに待っている人がたくさんいたらぼくが入店できるのは3時間後くらいになりそうだ。旧市街の店はどこもこんな感じだったから、ナバオン川を渡って新市街へレストラン探しに行くことした。

こっちの店は、それほど混んでいない。

長い行列が出来たレストランはここにもあった

その考えは甘かった。店の人に聞いたら、ウェイティングリストにすでに106組載っていて、順番が来たら携帯電話で知らしてくれるのだそうだ。気が遠くなるような話だ。

結局、レストランで食事をするのは諦めた。こんなに混んでいるとは思わなかった。仕方がないから宿泊するホテルのプールサイドバーでハンバーガーか何かを食べることにして、ぼくはハンバーガーはあんまり好まないのだけど、一旦、町外れのホテルに戻ることにした。それにしてもすごい混雑ぶり。今日のトマールで外食するのは無理だろう。前もって知っていたら、公園で簡単に食べられるものを用意してトマールに来たのだが。

タブレイロスの祭りが始まる

ツーリストで埋まったメインストリートからキリスト教修道院を見上げる

3時頃から旧市街の中心部に人が集まってきた。今日は天気が微妙によくないのだけど、写真的にはコントラストがきつくならなくてちょうどいい感じでラッキーかな。

お供えを頭に乗せた女性たちがやってくる姿を写真に納めるために、ナバオン川にかかる橋のたもとで1時間前から場所取りをしたのだが、ツーリストの動きが流動的で最前列にいた筈がいつのまにか観客の後方にいるという失態をしてしまった。4時になってパレードがやってきたときには大勢の人で身動きがとれなくなっていた。それでもなんとか撮影しましたよ。

トマールのタブレイロスの祭りでお供えを頭に乗せて歩く女性たち

カメラはG9、レンズはLEICA 50-200mm/F2.8-4。このレンズはきれいに写る。

セレモニーの起源は、14世紀にイサベル女王が聖霊にパンと花を供養したことによる。「タブレイロ」とはポルトガル語で「お盆」の意味。頭に乗せるお盆は枝編み細工で軽いが、その上のお供えは重さ15kgにもなるという。それにしてもたくさんのパンと花だね。パンの数は30個と決まっていて、花はポピーだけど本物ではなく薄い紙で作られている。

トマールのタブレイロスの祭りでお供えを頭に乗せて歩く女性たちがレプブリカ広場へ行進する

お供えの冠にある白鳩は聖霊を表している。よく「鳩は平和の使い」と言われるが、それは鳩が聖霊を表すからだ。聖書に、ヨルダン川にいたイエスのもとに「聖霊が鳩のように降りてきた」という記述があり、そこから鳩は平和の使者とされているのだそうだ。ぼくには、鳩は獰猛な鳥なのになぜ平和の使いなのか違和感があったのだが、その理由は聖書にあったのだった。

もうひとつ、お供えの冠の赤い十字架はテンプル騎士団の紋章。テンプル騎士団は、聖地エルサレムへ巡礼にいくキリスト教徒をイスラム教徒から保護するために12世紀に設立された武装修道会。修道士が武器を持っているというのもなんかアレだけど、戦乱の世では「右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」と言ってはいられないのだろうね。イスラム教徒は「異教徒がイスラム教に改宗しないなら懲らしめよ、懲らしめても改宗しないなら殺してよい」ことになっているから、聖地への巡礼も命がけだ。

トマールのタブレイロスの祭りでお供えを頭に乗せて歩く女性たちがレプブリカ広場へ行進する様子を後ろから撮影した写真

タブレイロスは、いったん旧市街中心のレプブリカ広場へ向かい、その後は市内を巡行する。これで楽団がガムランだったらバリ島のお祭りみたいな光景だけど、ここでは前後に吹奏楽を奏でる楽団がついていて、ボーイスカウトやガールスカウトもいて最後の方に市長とか神父さんもいてやっぱり西洋の祭典です。

どうして大きなお供えを頭に載せて歩くのかと思うが、地中海沿いの国では、昔は女性は荷物を頭に載せて歩いていた。農家や漁村では収穫物を頭に乗せて市場へ売りに行っていたから、結構な重さになったと思う。地方では今でもまれにその姿を見ることができる。

昔のポルトガルの女性は荷物を頭に乗せて歩いた昔は、ポルトガルの女性は籠を頭に乗せて手で支えずに歩いていた

とはいえ、現代の若い女性には、炎天下に重さ15kgのタブレイロを頭に乗せて市内4kmを行進するのは、なかなか大変なことだと思う。いつの間にかすっかり天気がよくなって、こうしてカメラを構えていても直射日光が腕をジリジリと焼いている。女性の傍らには男性のエスコートがついて、タブレイロが倒れないように支えていることもあった。

タブレイロを頭に乗せて行進する女性

タブレイロスは白衣の処女が持つものらしいが、実際には若い娘ばかりでなく、あらゆる年齢の女性がいた。年配の女性でエスコート役が若者だと、どうやら息子さんかな、とか、家族関係を感じさせてくれる。

再びレプブリカ広場へ

パレードは、旧市街中心部のレプブリカ広場に7時過ぎに戻ってきた。

07 192256

サン ジョアン バプティスタ教会前をゆくパレード。この教会の前を通り過ぎたら、その先で行進は終了だ。

タブレイロを頭に乗せてサン ジョアン バプティスタ教会前を行進する女性

嬉しそうにしている明るい女性もいるが…

タブレイロを頭に乗せて笑顔の女性

見るからに疲れてげっそりしている女性もいた。エスコートの男性が心配そうに見つめながら歩いている。

タブレイロを頭に乗せてすっかり憔悴した女性

この先でバタンと倒れないか心配になってしまう。

行列の最後は、なぜか牛が行進していた。これも意味があるそうなのだが、なんだったか忘れた。

タブレイロスの行列のトリは牛の行進

タブレイロスの行進コース

ツーリストインフォメーションで行列のコースを記した地図を配っていた。Cortejo dos Tabuleirosと書かれたのがタブレイロスの行進コース。

タブレイロス祭の行進のコースの地図

トマールTVさんがタブレイロス祭の動画をFBにアップしたので、リンクを貼っておきます。

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