【ネパール地震後】カトマンドゥの世界遺産の現状

ネパール

大地震から1ヶ月以上が過ぎた。世界遺産に登録されている、カトマンドゥ盆地内の旧王宮や寺院など計7カ所の現状は…

古都カトマンドゥの旧王宮

地震とともに寺院が崩壊する衝撃的な動画が、繰り返しテレビで放映されたダルバール広場。シヴァ パールヴァティ寺院を除いて寺院はなくなってしまった。

バサンタプル広場に面した旧王宮は被害が大きい。

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王のクマリ館は健在。建物に地震の影響はほとんどないという。しかし大事を取ってクマリは現在1階で寝起きしているそうだ。そのほか、パタンのクマリをはじめ各地に10人以上いるクマリは全員無事とのこと。

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カスタマンダップ堂は倒壊

ネパール最古の建築物と推定され、カトマンドゥという街の名称の由来でもあったカスタマンダップ堂も倒壊し、なくなってしまった。それにしても過去800年間に10回以上も発生した大地震に耐えてきたカスタマンダップ堂がなぜ今回の地震で倒壊してしまったのだろうか。近年の自動車の交通によって損傷が進んでいたからではないかとの見方もある。

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ハヌマンドカ側は比較的損傷が少ない

ネット上ではダルバール広場の壊滅的な映像の印象からか、旧王宮全体が壊滅したかような文章が見受けられる。「ダルバール広場」と「ダルバール」(王宮広場と王宮)を混同しているのだろう。

しかし、実際にはダルバールのハヌマンドカ側は比較的損傷が少ない。

「ダルバール広場」と「ダルバール」を混同する人は一度も現地に来たことのないヒトだろう。そういう人が「現地在住者に聞いた」として書いている記事があるが、そういうのはネットから記事をまとめただけだから間違いが多い。

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カーラバイラブ神は健在

カーラバイラブ神は健在で、燈明は復活している。5月13日撮影。

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タレジュ寺院

旧王宮のタレジュ寺院も健在。
足場は震災前から組まれてあったもの。5月8日撮影。

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インドラチョウク

世界遺産のバッファーゾーンにギリギリ入っているインドラチョウクの賑わいも普段とそう変わりがない。

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古都パタン

パタンのダルバール広場。
パタンの街の名はラリトプルとも呼ばれる。
右側の石造りのクリシュナ寺院は健在だ。5月21日撮影。

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パタンのダルバール広場はハリシャンカール寺院が倒壊した以外は、おおむね形を保っている。ヴィシュワナート寺院とクリシュナ寺院はつっかえ棒で支えられていた(パタン ダルバールにはクリシュナ寺院が2つある)。5月21日撮影。

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マハーボーダも健在。5月27日撮影。

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現在のマハーボーダは1934年の大地震で半壊した後に立て直されたもの。当時の写真を見ると周辺の住居は2階建てだったので遠くからでも仏塔が見えたが、住居の高層化と共に建物に埋もれてしまった。

しかし倒壊を心配して無数のつっかえ棒が設置された。

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つっかえ棒の数が多い割には効果が薄そうだが、なんとかせずにはいられなかったのだろう。

スワヤンブナート

大日如来の化身であるストゥーパが「自ら現れた」という意味の名をもつスワヤンブナート寺院。ストゥーパの正面にある2つのシカラのうち、向かって左側が半壊している。5月21日撮影。

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ストゥーパは長い階段を上った丘の上にあるが、階段の途中から立ち入り禁止になっている。

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そのためぼくは境内に入れなかったので近くで確認していないが、境内の建物は壊れやすい状態にあるようだ。ストゥーパ自体が壊れていなくてなによりであった。

古都バクタプル

バクタプルのダルバール広場はシカラなどが半壊しているが、ここを初めて訪れた人なら震災の被害に気がつかないかもしれない。5月29日撮影。

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現在は博物館になっている旧王宮は、屋根が落ちかけたりして危険だということで立ち入り禁止になっている。旧王宮の東側にあるファシデガ寺院は倒壊した。

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トゥマディ広場

トゥマディ広場のニャタポラ寺院とバイラブナート寺院は健在。
写真の構図外だがカフェ ニャタポラも健在だ。ただし営業はしていない。
5月29日撮影。

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ダッタトラヤ広場

ダッタトラヤ広場も損傷がほとんどないように見える。

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バクタプルは、ダルバール広場〜トゥマディ広場〜ダッタトラヤ広場にかけての、世界遺産指定地域およびバッファーゾーンである表通りの被害はそう大きくないように見えた。けれども表通りから横丁へ入ると、かなり大きな損害が随所にある。5月29日撮影。

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被害は世界遺産指定地域外に多い。何十もの建物が倒壊して広場になってしまった地域もあった。

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チャングナラヤン

寺院の開基は紀元323年という古刹。現在の18世紀建立の本堂は無事だが、つっかえ棒がかけられている。境内を囲む2〜3階建ての建物はほぼ全壊に近い状態で、民俗博物館だった棟も倒壊した。5月29日撮影。

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パシュパティナート

パシュパティとはシヴァ神のこと。
寺院は無傷で、シヴァ神の加護によるものと考えられている。ヒンドゥー教徒しか境内に入れないので確認できないが、外からこの景観を見る限り無傷は本当のようだ。6月1日撮影。

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寺院の背後の森には鹿が住んでいる。

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リンガが祀られるエッガイダスルゥドラも損傷がなく、11の堂が並んでいる。

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ボーダナート

仏教聖地であるボーダナートのストゥーパも損傷が少ないように見える。
タルチョ(5色の旗)が外されていた。

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よく見ると頭部に亀裂が入っている。5月23日撮影。

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修復工事のための足場が組まれた。6月2日撮影。

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頭部が完全に足場に囲まれた。7月25日撮影。

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カトマンドゥの世界遺産の損傷具合

日本では「カトマンドゥの世界遺産の9割が崩壊した」という話が囁かれているらしい。噂の出所は朝日新聞で、「ネパールの世界遺産 9割が損壊」というミダシがセンセーションだったのか、これを読んだ人々が話題にしているうちに「損壊の可能性」から「崩壊した」へと表現がエスカレートしたようだ。

多かれ少なかれ損傷を受けているとは思うものの、「9割が崩壊した」はいくらなんでも言い過ぎだ。建物の状態については6月28日から始まる第39回世界遺産委員会でよく検討されることと思われるので、その報告を待とう。

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ユネスコはなぜカトマンドゥを渓谷と呼ぶのか

カトマンドゥ盆地は英語でKathmandu Valleyというのだが、ユネスコによる世界遺産の日本語訳は「カトマンズの渓谷」となっている。まったくネットの自動翻訳レベルのあきれた翻訳だ。カトマンドゥをカトマンズと書く垢抜けない表記はまだいいとしても、渓谷はありえない。

チャングナラヤンから見たカトマンドゥ盆地

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スワヤンブナート寺院の丘とカトマンドゥ盆地

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これらの写真から分かるように、カトマンドゥ盆地は約570平方キロの平野に数百万の人口が暮らす、ちょうど甲府盆地のような山に囲まれた広い空間だ。この景色をみて渓谷と呼ぶ人はいないと思うが、それをしている日本ユネスコは世界遺産に指定されたこの地域がどんなところなのか全く知らないようだ。書類だけで判断しているのだろう。まったくもって世界遺産への認識が薄い組織であることが嘆かわしい。

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