赤道の島で珊瑚の海を泳ぎ、日本軍の展望台から水平線を見渡す

東南アジア

ウェー島は、ダイビングやスノーケリングなどのマリンアクティビティも人気。マラッカ海峡の対岸にあのペナン島があり、自然環境は申し分ない美しさがある。

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日本からも6日間で6ダイブのツアーが組まれているようだ。西洋人は長期滞在者が多くて、イボー海岸の周辺にならぶコテージには好きなだけ滞在してる。リタイア組も多いとのことで、ぼくも老後はここにしばらく滞在しようかなー。と結構真剣に思った。

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森と海に囲まれて過ごしたら気持ちよさそうだ。長期滞在者は、レンタルバイクで島内を自由に移動している。

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海を眺めるドメスティック ツーリスト。

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ランチはローカルレストランにあらかじめオーダーしてあって、男の子がココナツの皮で大きな魚を焼いてくれた。ココナツの皮はよく燃えるから、南国では炭火焼きみたいな感じで路端でよく煙をあげているのを見かける

。ほかに、イカの唐揚げ、エビの唐揚げ、ぼくが大好きなカンクン炒めなどがあって、食べ過ぎないよう注意したがやっぱり食べ過ぎた。

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インドネシア最北端の島

日本人が「北は北海道から南は沖縄まで」というように、インドネシアでは広い国土をあらわすのに「サバンからムラウケまで」という。サバンとはウェー島のことで、ムラウケは東端のパプアの町。東西にわたるその距離はなんと5249km。

ちなみに大阪からバリ島デンパサールまで5272kmでほぼ同じ距離だから、インドネシアがいかに広い領土をもつ国か分かるというものだ。

サバンは、ウェー島東北にある人口3万人の町の名だが、飛行機が発達する以前、イスラム教徒はサバンから中東へ巡礼に旅立ったこともあって、ウェー島は別名サバン島という。むしろ、インドネシア人はウェー島というよりもサバン島と呼んでいる。

ウェー島の北端には、その名もキロメートルゼロという巨大なモニュメントが立っていた。数字のゼロをイメージした垢抜けない造型センスの建築物で、感激が薄いけどここがインドネシア最北端(およびほぼ最西端)なのだ。

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この種の場所は世界中どこにあっても人気で、このあいだ訪れたポルトガルのロカ岬はユーラシア大陸最西端という旅行情緒が最高にあふれるセールスポイントのおかげで単なる岬に世界中からツーリストが集まるし、日本最北端の宗谷岬も日本人観光客がよく訪れる。

ここ、ウェー島のキロメートルゼロもインドネシア人ツーリストがちらほらとやって来ている。

モニュメント近くの店で、アチェ風ルジャック(フルーツサラダ)をおばさんにつくってもらった。ルジャックはフルーツサラダなんだけどインドネシア独特のヘンな味のソースがかかっていて、バリ島でもあんまりおいしく感じないけど、アチェのそれは辛くて一層おいしくなかった。辛いマンゴーってどうよ。カップに入ってたプラスチック製フォークでソースを避けながらマンゴーを食べた。

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日本軍のトーチカから水平線を眺める

さて、ウェー島には第二次世界大戦中に日本軍が駐屯していた。

島内各地に防空壕が残っていて、ドライブ中も道路脇に穴があいているのを時々見かける。なかでもマラッカ海峡を見渡す岬につくられたトーチカは日本人なら訪れてみたいところ。

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岬の上のトーチカまで、切り通しがつくられていた。艦砲射撃などの爆風を避けて兵隊が移動するためだろう。なかなかリアルだ。本物の軍事施設だからね。

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根を張ったバンヤンツリーの傍らにツーリスト相手の露天商がテントを張っていて、店番の女性が赤ん坊を抱きながらこちらに笑顔を向けた。

水平線を見渡す日本軍のトーチカ。

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このトーチカは銃眼が左右に広いことから、上陸してくる敵を迎え撃つ施設ではなく、海を見張る展望台だったことがわかる。

地図を見ると、ウエー島はマラッカ海峡の入り口に位置している。戦争中の日本軍が、英領インドから太平洋へと移動する連合軍艦艇を見張るのに絶好のロケーションだ。

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現在のインドネシアは、第二次大戦前はオランダ領東インド諸島と呼ばれていた。石油資源も豊富な地域だが、宗主国オランダにその資源を奪われていた。オランダに代わって日本がその資源を巻き上げようと試みて失敗したのが太平洋戦争。結果的に、オランダが(英国もフランスも)太平洋からたたき出されたのでよかったけどね。

映画"海を駆ける"の舞台になった島

昨年公開された邦画"海を駆ける"の後半は舞台がウェー島。主演の女子大生サチコ(阿部純子)が父の遺志によってこの島を訪れ、このトーチカへとたどり着く。ちょっと不思議な映画だけど、U-NEXTでトライアル期間中は無料で視聴できるから見てもいいかも。

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コンクリート製のトーチカの中には、水平射撃用の砲身だけが残されていた。

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マラッカ海峡に向かって、この水平砲が撃たれることがあったのだろうか。

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付近にはいくつものコンクリート製の壕がある。これは弾薬庫かな?

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駐車場に置かれた案内板。日本軍の展望台はアノイイタム フォートと呼ばれている。フォートというのは大げさで、実際は写真のとおり水平砲が置かれた展望台だ。トーチカは英語でピルボックスというけどそれは一般的でないからフォートと記したのではないかな。アノイイタムは海岸の名前。

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 夕食はリゾートホテルで

夕食は、ノースイーストコーストの砂浜を見下ろすコテージで、マラッカ海峡を眺めながら例によってインド洋の海の幸を味わった。

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ここサンタイ スムルティガ santai sumurtiga は、南アフリカ出身のフレディ ルソーさんが経営する西洋人長期滞在者に人気のコテージ。リゾートホテルといっても1泊3000円ほどのリーズナブルなホテルなのだけど、物価が安いウェー島では上級宿泊施設。旅慣れた人なら気に入ると思う。フレディさんはインドネシア関係のNGOで働いた後、リタイア後にこの海岸でNGO仲間とコテージを開いた経歴があり、外国人ツーリストのハートもインドネシア人のハートも掴むのがとっても上手。

海岸のちょっと先にイタリア人が経営するコテージもあってそっちは西洋人の若者に人気で騒々しいのだけど、こっちは経営者がリタイア組だから(かどうか知らないけど)空気が落ち着いていると評判。ジャカルタから来たお客もいる。

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潮風に吹かれて食べる新鮮な海の幸はどれもおいしい。ぼくはこのなかではイカが好き。

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トーチカにいた日本兵はどんなものを食べていたのだろう? 炊事も日本兵がするから日本食だったのだろうけれど、海の幸をおいしく食べられたことがどれだけあっただろうか。ぼくだってもし何十年か早く生まれていたら、徴兵されてウェー島に配属されてあのトーチカで海を眺めていたかもしれない。男子ならみなその可能性がある。

戦争後、彼らは無事に日本に帰れたろうか。それともインドネシア独立戦争に身を投じてこの地に留まったろうか。人生は、生まれた時と場所によってずいぶん違う展開をするものだ。などと考えながら、エビをほくほくと摘まんで、長い1日が終わるのであった。

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