世界でいちばん美しい夕景を見に、アルハンブラへ

ぼくが風景写真の撮影ポイントとして最も好きな場所のひとつがここ。

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シエラネバダ山脈のふもと、古都グラナダの展望だ。アルハンブラ宮殿とそれを囲む中世の住宅街。歴史的にも空間的にも奥行きのあるこの景色の美しさは、ただ眺めいるだけで酔いしれてしまう。

この美しさを文章では簡単に表現できない。

そこで写真を撮ることにする。

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左の丘にアルハンブラ宮殿が建ち、右の丘には15世紀の家並み。 その間の市街には巨大なモスクを改装したカテドラルが見える。

写真の構図外には、左手に夏の離宮が森の中にたたずみ、 右手の山脈には夕陽が沈もうとしている。フォトグラファーがいうのもなんだがこの素晴らしい景色のすべてを1枚の写真におさめることはとてもできない。

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組写真にして何枚か並べれば、そこを流れる風を感じ取ってもらえるだろうか。

アルハンブラは、スペインがイスラム圏であった13世紀に建設が始まった宮殿だ。当時、この丘の上にはアラブ人の王侯貴族が2000人以上住み、アンダルシアの南部を統治していた。

ぼくはよく、地域史と世界史を組み合わせて考えるのだが、13世紀といえばモンゴルのチンギスハーンがユーラシア大陸の東西を征服つつあった時代だ。アルハンブラ宮殿の建設が始まった頃、モンゴル軍はモスクワを占領し、その3年後にはドイツ騎士団を撃破した。

このスピードでいけばその3年後にはフランス騎士団を撃破し、スペイン全土もモンゴル軍に占領されていたことだろう。 するとこのアルハンブラは建設が始まったばかりで工事が中断してしまったことだろう。もしかしたらここには、モンゴル軍のゲルが設置されたかもしれないなあ。

そうならなかったのは、高齢のチンギスハーンが病に倒れ、慣習によってモンゴル軍が全軍帰還したからだ。幸いにもスペインはモンゴル軍の侵略を逃れた。 もしチンギスがあと3年長生きしていたら、フランスもスペインもモンゴルの統治下におかれ、その後の世界史は全く変わったものになっただろう。

などという夢想を、風に吹かれながらするのがぼくの旅先の楽しみだ。夕景撮影は長い時間がかかるから、かなりいろんなことを考えてしまう。

アルハンブラで世界史が動いた

さて現実には、アルハンブラを建てたナスル王国は、1492年1月にイサベル女王によって滅ぼされた。アルハンブラ宮殿の新しい主人となったイサベル女王はここでクリストファー コロンブスに引見し、船団編成の資金援助を約束した。

おかげでコロンブスはセビリアから出帆できて、同年10月に新大陸へ到達した。それによってスペインの大航海時代が始まった。この景色のもとで世界史が大きく動いたのである。

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人々の営みの積み重ねを感じる1枚の写真。 そんな写真が撮りたいなあ。と思いながら今日もシャッターを切った。 アルハンブラ宮殿の向かいには、イスラム教徒たちが暮らしたアルバイシンの丘がある。夕暮れの時間はアルバイシンが最も美しく見える時間だ。

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うっとりとしてしまう。 夏のスペインの日没は遅い。夕景を撮影し終えたら10時半になった。ホテルに帰るバスに乗ったら、これから遊びにでかけるスペイン人のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんたちで満員だった。スペインの夜は始まったばかりだ。

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