カジュラホの遺跡は分解されて地元の人の自宅になっていた

インド

カジュラホの寺院群を築いたチャンデーラ朝は、13世紀に滅亡した。

かつて、寺院の周辺には多くの民家があったことだろう。今では、当時の賑わいを想像することは難しい。見渡す限り、平野が広がっている。

カジュラホは、紀元10世紀頃に巨大な寺院がおよそ85も建てられ、そのうちの25が今も何とか残っていることで世界遺産に指定されてる。

寺院の周囲は無数の彫刻で埋まっている。
よく知られたミトゥナ(愛の喜び)像や、スンダリ(美女)像など、立体的で美しい女性たちの像がほとんど。これだけの建築物をつくりあげる発想と実行力はさすがインドだと感服する。

これほどの巨大な建築物を作りながら、それが歴史に埋もれてしまうとは、人間はどうしてこんなことをしているのだろう。

ところで、歴史の彼方に消えてしまった、残りの60もの大寺院は跡形もないのだろうか。実は、人口4000人ほどのカジュラホ村を歩くと、その残滓を見ることができる。

女たちが井戸端会議をしているところ(本当に井戸端でおしゃべりしている)だが、よく見ると、写真の右下に神々の像が置かれている。もともとはどこかの寺院にあったものが、こうして村人の家の守り神や礎石として使われている。

こんな風に、自宅へのアプローチのための石段となっていたり、牛小屋で牛を繋ぐ石になっていたり。これらの石の歴史的価値を考えると空恐ろしい出来事だ。

さすがインドである。