ブッダが悟りを開いた菩提樹の下で、木漏れ日を浴びる

お釈迦さまが、この菩提樹の下で悟った真理とは、
いったい何だろうか。

それは、この世にあることは、物質的なことでも精神的なことでも、かならず原因がある。偶然におきたとみえることは、原因が分からないだけだ。ということ。

不幸があれば、不幸の原因がある。
原因を知り、努力精進してそれを絶てば、必ず人生は幸福となる。
しかし努力の方向が間違っていたら、人生はつまらないものになってしまうだろう。では、人生を有意義なものとするには、どうしたらよいだろうか。

簡単に言うとこんな感じ。
縁起説といって、原因と因縁と結果の関係を説いている。

ところで、雑誌を読んでいると、こうして祈っている人々の写真に「真摯に何をお願いしているのだろうか」というキャプションが付けられていることがある。
祈りは、お願いではないのに。

お釈迦さまが説いたのは、現実をよく見て、自分の心と行いが清らかなら、必ず人生はよいものになるということ。苦しいときに神さまが救済してくれるということはありえない。自分が努力するところによい結果が生まれるのだ。

当たり前だ、と思うかもしれないが、世界の人々でそう考えられる人は少ない。たいがいは皆困ったときは神頼みする。
こうして菩提樹の下にいると、人々の悩みや行いは、お釈迦さまがいらした時代となんにも変わっていないと思う。