二千年前から日本と結ばれていた港、寧波の普陀山の観音さま

中国

浙江省寧波は2000年以上前から世界と結ばれる港町だった。

平安時代の禅僧、慧蕚(えがく)が中国留学を終えて、寧波から帰国の船に乗った。船は舟山群島まで来ると、先へ進まなくなった。そこで慧蕚が携えていた観音像を近くの島に祠を建てて安置すると、ようやく船が先に進め、日本へ帰ることが出来た。その祠は不肯去観音院と呼ばれ、日本の奈良朝の建築様式で建てられている。

不肯去観音院の境内は、まるで日本のお寺に参拝に来たかのような雰囲気がある(日本の建築様式だからあたりまえかもしれない)。

その後、この島は普陀島と呼ばれるようになった。普陀は観音菩薩がおわすところという意味で、ラサのポタラ宮と語源を同じくしている。南北10km程度の小島の、標高200mの普陀山は、五台山や峨眉山とともに中国仏教4大名山のひとつに数えられるため全国から参詣者が集まってくる。

ちょうど無錫からの団参の人たちがいた。
チベット人もいたり。

中国仏教4大名山大のひとつ、観音信仰の中心地が、日本人が由来でそうなったとはなんだかうれしい。

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