バリ島のブッダに、バリの宗教についてお話をうかがいました

バリ島

ヒンドゥー教ブッダ派の高僧にお会いするためにグリヤへ出かけました。グリヤとは高僧がお住まいになる屋敷のことです。

門のむこうに仏像がみえます。

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ブッダ派のお屋敷っぽいですね。

そもそもヒンドゥー教ブッダ派とはいったいなんでしょうか。ぼくはかねがねそれは本来は仏僧なのではないかと思っていました。というのも「三宝に帰依」をモットーとしているそうなので。

「仏法僧の三宝に帰依」は仏教の基本ですから、それだけを聞いたら間違いなく仏僧です。にもかかわらずヒンドゥー僧なのだそうです。どうもよくわからないので、高僧にお聞きするためにはるばるとカランガッサム県へやって来ました。

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シヴァとブッダ

バリ島のヒンドゥー教には、大きく分けてシワ(シヴァ神のバリ訛り)の高僧とブッダの高僧がいます。

シワは超自然的な力をあらわし、ブッダは智慧をあらわします。

バリ島のヒンドゥー教はこのどちらも欠けてはならず、儀式においてはシワとブッダの両方の高僧がそろって導師を勤めなければ完全な儀式にはなりません。

けれども現在のバリ島では多くの儀式においてシワの高僧単独によって儀式が行われています。ブッダの僧侶は数が少ないことが理由のひとつです。

ではなぜ完全とはいえない状態なのかというと、歴史的な理由もありますし、人々が迷信深いからでもあります。でもそれが悪いことでもありません。人間は不完全なもので、つねに修行して向上していく途上にあるからです。

バリ ヒンドゥーは神仏習合

バリ島の宗教は、土着のアミニズム・ヒンドゥー教・仏教の3つの宗教が習合しています。一般に「バリ ヒンドゥー」と呼ばれているように、インドのヒンドゥーとは異なるバリ島独特の宗教です。

イスラム教やキリスト教は、神はひとつとして他の神々を認めません。しかしヒンドゥーや仏教はふところが深く、土地の文化や神々と共存していきます。

日本人は神仏習合ですから、神社にもお寺にもいって「神さま仏さま」を祈りますよね。バリ島でも同じようなものなのかもしれません。

バリの仏教は密教

ブッダの高僧は鈴(りん)と金剛杵(こんごうしょ)を持って儀式を進めます。バリ島ではそれぞれゲンタとバジェロと呼ばれています。バジェロはサンスクリット語ですね。インドでヴァジラといいます。

どちらも日本で使われているものとだいたい同じです。鈴は形が少し違うかな。こちらの弘法大師がもっていらっしゃるのが日本の金剛杵です(この写真はバリ島ではなく中国で撮影したもの)。

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バリの儀式にマントラ(真言)は欠かせませんが、ブッダの高僧はシワの高僧よりもずっと多くのマントラをとなえます。しかしマントラは歴史的に失われてしまったものもあり、大日如来咒や観音咒などはかつてバリ島にもあったはずだけれど現在は唱えることができないそうです。

それが失われてしまったのは、16世紀まであったマジャパヒト王国がイスラム教徒の攻撃で崩壊した混乱によるものだと思われます。

マジャパヒトの貴族や僧侶がバリ島に移動することで現在のバリ島の文化が花開きますが、混乱によって失われたものが数知れずあります。それを復活するためにも古文書を探したり、することはたくさんあります。つまるところ「ヒンドゥーのブッダの高僧」はバリ島独自の存在ですが、わかりにくいのは、バリヒンドゥー自体が現状はきちんと系統立ててまとめられていないからでしょう。

今回のお話を伺って、シワとブッダがバリ島で習合したのは、バリの仏教が後期密教であるからのようだとも感じましたが、さらなる研究が必要のようです。
なお、ブッダはヴィシュヌ神の化身であるという迷信がインドの無学な人たちのあいだに広まっていますが、バリ島ではこの迷信は信じられていないようです。

興味深いお話しはまだまだ続きますが、今回はここまで。

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上の写真は、ウブドのゴータマ通りの入口においてあるゴータマブッダ像です。

現在のバリの宗教のありかたは、外国人からみれば高度に儀礼が発達しているように見えますが、実はよりよいものに発展している途中で、そのためには人々の意識の向上が必要だ、ということがわかったのが大きな収穫でした。

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