平和を愛する諸国民とはいったい誰のことなのだろう?

その他

日本国憲法の前文には、次のように重要なことが書かれている。

日本国民は、恒久の平和を念願し、
平和を愛する中国・北朝鮮・韓国・ロシアの
公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。

上記の国名「中国・北朝鮮・韓国・ロシア」は、オリジナルの憲法前文には「諸国民」とだけ書かれてある。

しかしだ、諸国民とはどこの国民だろう?日本国民の決意を語っているのだから、当然それは日本周辺諸国の国民だろう。そこで、分かりやすく具体的にしたのが上記の一節だ。

日本の周囲には、ほかにもいろんな国があるからといって「平和なタイやマレーシアの公正と信義に信頼して」ではどこかしっくりしない。それに、少し遠い。どう考えてもここには近隣4ヵ国「中国・北朝鮮・韓国・ロシア」を記すのが適当だろう。

日本国周辺の地図

この、日本国憲法が交付されたのは1946年だ。

実は、同年にはまだ「中国・北朝鮮・韓国・ロシア」のいずれの国家も存在していなかった。中国は、共産党が統治する中華人民共和国ではなく、当時は中華民国といってまったく別の国家だ。略称の「中国」が同じだから混同しやすいが、気をつけたいポイントだ。それに、中華民国は今も台湾に存在している。

朝鮮半島は1945年8月まで日本国内だった地域。その後は米軍とソ連軍に分割占領された。そして当時のアメリカ政府は、朝鮮人には国家を運営する能力がないという理由で独立を認めず、サイパンのように米国保護領とする方針をもっていた。これは戦前の国際法(万国公法)の見地からすれば当たり前のこと。

日本と朝鮮が合邦した際も国際社会からまったく異論がなかったのだから、国際社会から自立能力がない認定されていた当時の朝鮮はいずれにせよどこかの保護領になる時代だった。

それが冷戦勃発の混乱状態から、1948年に、韓国と北朝鮮はナリユキで独立国となった。韓国人はそれを喜んでもいい筈だが、ナリユキで成立したという冴えない歴史がコンプレックスになり、鬱屈して、それが絶え間ない日本への悪口というかたちで現れている。とてもではないが公正と信義を信頼できる国民ではない。

戦後の日本にとって最も脅威だったのはソビエト連邦だ。北海道の割譲を要求していたし、日本に内乱を起こすべく共産主義の活動員を送り込んでいた。そもそも戦前の日本が大陸侵略を始めたのはソ連の武力進出に対応するためだ(それのみではないが要因のひとつ)。このような国に公正と信義をおけるわけがない。

平和を愛する諸国民とは誰のことか

中国・北朝鮮・韓国・ソ連に信義がおけないとするなら、アメリカが作った日本国憲法前文に謳われる「平和を愛する諸国民」とは一体誰のことだろうか。当時の中国は内戦中で平和ではないし、ソ連は何十万もの日本人をシベリアへ連れて行き強制労働させている。多くの日本人が寒さと飢えのなか命を落とした。他のアジア地域は独立国ですらない。

答えは簡単、アメリカが作った憲法前文でいう「平和を愛する諸国民」とはアメリカ人のことだ。

この時代のアメリカは、第二次大戦の当事国のうち唯一国内が戦火にさらされなかったので、他の国々が疲弊するなか、圧倒的な力で世界に君臨しようとしていた。当時の世界のGDPの70%はアメリカ一国が占めていたほどである。そして現在でもそうだが、一般のアメリカ人が “World" というときはアメリカ以外の国が入っていないものだ。

日本国憲法前文にはそんなアメリカの世界観が反映されている。

生存権とはなにか

では、生存権とは具体的になにをいうのだろうか。

英語のWikiには次のように記されている。

Right to life is the belief that a being has the right to live and, in particular, should not be killed by another entity including government.

一方、日本語ではというと、日弁連のWebサイトには次のように記されている。

憲法第25条は、すべての国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障し、国はすべての生活部面について社会福祉・社旗保障及び公衆衛生の向上と増進に努めなければならないと規定している。

生存権の定義が、世界基準と日本の法学者とであまりにも違うことに驚かずにはいられない。世界基準では誰にも殺されない権利だが、日本では健康で文化的な最低限度の生活を営む権利なのだ。もちろん、日本基準でいう生存権が重要なことは疑いない。しかしそれだけでは国際環境をまったく考慮していないとしかいいようがない。

世界の現実を見ていないから、あのようなのんきな憲法前文ができあがるのだろう。

時代とともに国際情勢は変わる

第二次世界大戦が終わって数年後、大陸は共産党が支配する中華人民共和国が支配し、多くの人々を圧迫した。独立国だったチベットは武力併合され、総人口600万人しかいないというのに現在までにのべ200万人が虐殺された。中国はこれを「平和解放」と呼んでいる。

毛沢東は、大躍進運動と文化大革命という政治経済の混乱を起こしたが、それらを合わせて8〜9000万人以上の中国人が死亡または行方不明になった。けれども現在の中国は、そんなことはまったく知らん顔で日本を悪者にしたてて反日活動を展開している。日本を悪者にしないと共産党が悪者ということが人民にばれてしまう(本当は人民たちはそれを知っているけど言えない。日本のマスコミはそれを知らない振りをしている)からだ。

更に中国は21世紀になってからはフィリピンやベトナムから奪った南シナ海の珊瑚礁に軍事基地を建設して、周辺海洋諸国を圧迫している。また東シナ海では日本に対し尖閣列島のみならず沖縄の主権を主張し始めている。中国はこれを「平和的台頭」と呼んでいる。

この「口だけ平和な国」に対話は通じない。平和を口にしながら、相手が弱いとみれば武力に訴える。中国共産党はそういう相手だ。

日本の安全と生存を何処にゆだねたらよいか

北朝鮮は国民を飢餓状態においているばかりか、政府高官を高射砲につめて爆殺したり、日本に工作員を上陸させて何百人も誘拐したりと、およそ平和的な国ではない。日本の拉致被害者は公式には17人だが、特定失踪者という名称で呼ばれる非公式の拉致被害者は数百人にのぼり、最後の拉致事件は2003年(小泉訪朝の直前)におきたとされるから、意外なほど最近のことだ。

この日本に、北朝鮮の特殊部隊員が勝手に上陸して、通行人を拉致していくのだ。怖ろしいことだね。にもかかわらずマスコミは積極的に報道しないばかりか、2003年以前は「北朝鮮が日本人を拉致しているらしい」となどと言おうものなら進歩的なヒトから「右翼で反平和で好戦的な人」扱いされた。この流れを変えた小泉元首相はこの点において歴史的な役割を果たしたといえる。

それからロシアは親日的な人が多いのだが、昨年のクリミア半島では第二次大戦後に初めてヨーロッパで軍事作戦によって国境線が変更されるという事件がおきた。

日本の周辺にある国はいずれも公正と信義がある国ではないし、信頼できる国でもない。これがドイツなら隣国はフランスやオランダなど文明と理性があり共通の価値観を有する国々に囲まれているが、日本はそういう環境にない。アメリカはずっとましな国だがイラク戦争をみても明らかなように必ずしも公正と信義を貫く国でもない。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という憲法前文の一節はやっぱりおかしい。

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