古民家レストランカフェ 旧白州邸 武相荘でランチをする

日本

先月のことだが、東京都町田市の丘陵に建つレストランカフェ武相荘へ行ってきた。古き良き時代の名建築、そして白州次郎夫妻の記念館として有名な旧白洲邸・武相荘だ。

武相荘のカフェカメラはGR3。感心するほどよい描写をするコンパクトカメラだよ

多摩川南側のアップダウンが激しい道を、車で30分ほど走って到着。駐車場は正門とは反対側にあり、母屋へは板木が敷き詰められた遊歩道が続いている。広い庭は森のようで、ところによって薄暗い。

駐車場から武相荘の門へ続く道

遊歩道から階段を上って正門へ。

武相荘の門
武相荘の門から母屋へ

白州次郎は「日本で最初にジーンズを履いた男」とも「マッカーサーを怒鳴りつけた男」とも言われる、イケメン大和男児にして実業家。妻は横山伯爵のむすめ正子で、華族社会の一員であった。

大東亜戦争が勃発した翌年に、白州は鶴川村(現在の東京都町田市能ヶ谷)にあるこの二千坪の古い農家を買って農業をはじめた。日本の敗戦と食糧難を見通してのことだったというから慧眼だ。

戦前のケンブリッジ大学に留学し、ロンドンの日本大使館に居住していた白州は、世界における日本の実力を熟知していたのだろう。東京がB29の空襲を受けたときも、白州夫妻はここで百姓をして過ごしていたという。

レストランは幕末の豪農の館

レストランカフェの名前である「武相荘」は、白州次郎がここに移り住んだときにつけたもの。読み方が分からなかったが「ぶあいそう」と読むのだそうだ。

武相荘のロゴ

ここは、かつての武蔵国と相模国の国境にある。旧国名をもじって「ぶあいそう」と名付けたのだった。

東京都町田市の市域

現在の東京都町田市は、東西南の三方を神奈川県に囲まれていて、よく"神奈川県町田市"と揶揄されている。東京都民なら、地図を見て「なんで町田市は東京都なのだろう?神奈川県でいいのではないか」と思ったことが一度はあるはず。

このあたり、町田市・川崎市・横浜市北部にあたる地域は江戸時代にはみな武蔵国だった。それが、明治なって川崎市・横浜市は神奈川県域とされたのに、なぜか町田市は東京府に編入された。その不思議な経緯は今となっては誰にも分からない。日本史の謎のひとつである(おおげさ)。

街道を車で走ると、東京→神奈川→東京→神奈川と県境を行き来する。新型コロナで「県境をまたいでの移動をしないように」と要請されていたころは、地元の人はさぞ困惑したことだろう。そんなことないか。

レストランカフェ武相荘

ランチタイムは11:00 〜 16:30。

武相荘レストランのメニュー

夏は新型コロナの影響か、この時は混んではいなかった。

武相荘のカフェ

頼んだのはチキンカレー。白州正子の兄がシンガポールへ行った際に、現地の友人の家でごちそうになったカレーがよほど美味しかったらしく、レシピを聞いてきたという。白州家の家庭の味が、武相荘レストランのメニューになっている。

武相荘のチキンカレー

マイルドな香ばしさが美味しい。シンガポールということだから南インド風かな。 

カレーが入っている魔法のランプみたいな器なんだけど、みんなこれをインドの食器だと思ってない? これはグレイビーボートといって英国の食器。インド人はこんな器を使わない。けれどもステンレスの食器類が東南アジアっぽく感じられて、コロニアル時代の味と雰囲気も楽しめる和風な武相荘レストランカフェなのだった。次回はおやつを食べにこよう。

武相荘の庭の竹林

武相荘のメニューの料金は先週改定されました。記事内写真のそれとは異なります

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